第11回目の新体道国際大会を終えて

大妙ネットワークの皆さんへ

サンフランシスコにいます。火曜日の夕方に2回目の大妙クラスを終了し、今回のセッションは残り3回です。みなさんが、それぞれの地で大妙を楽しまれていることをねがっています!

お聞きになっていると思いますが、第11回の新体道国際大会がフランスのランスで2016年の7月半ばに行われ、成功のうちに終了しました。

過去6か月のあいだ、新体道の審査委員会(TNEC)の進行役を担いましたが、その間、次のような異なる文化の比較*が頭に浮かびました。

*1975年に米国に移動して以来、数年間のあいだ文化の比較に没頭しました。その間に、西洋と東洋は非常に異なる強みと弱みを持っていることを理解しました。西洋的な二元論(自己とそれ以外は分離しているという考え方)を採用する人々は、特定の分野で専門性を獲得することが比較的容易です。その専門分野のなかでは非常によく能力を発揮しますが、他の専門の人の意見を受け入れないことがあり、容易に意見の不一致や論争に至ります。東洋の考え方では、文化的に異なる考えを受け入れることが推奨され、不一致は少なくなりますが、明確さは犠牲にされ、あいまいさがより大きくなります。

この2つの考え方が、米国の理事会+米国技術諮問委員会(米国TC)と、欧州技術委員会(ETC)が議論する際に反映されていたように私には思えます。誤解を恐れず言えば、同様のことはISC委員会とTNECのあいだの議論にも反映していたのではないでしょうか。

結局のところ、これらの違いはそれぞれの新体道に対する2つの考え方を反映しています。

・一つ目は、新体道=青木先生の世界であり、どこまでも青木先生を追い続けるべきである(少なくも、青木先生がこの世を去られるまでは)、というものであり、ISCもその考えをベースに形作られるべきである、というものです。

・もう一つは、新体道は青木先生と楽天会のメンバーによって、1960年代から70年代に、大基本の方が本質を伝えるように作られており、稽古をする者は青木先生に敬意を払うべきだが、青木先生から独立できるものであり、またそうあるべきものである。ISCはこのフィロソフィーのもとに形作られるべきである、というものです。

日本人は「しょうがない」、フランス人は「ジュセパ(Je ne sai pas!)」とお互いに言って、相手のことをあきらめ、別々の道を行くべきでしょうか?

いいえ、そうは思いません。

お互いにあえて相手に反論して議論を深めつつも、一定の合意に達することができることを私は本当にのぞんでいます。そうすることで、次の10年間へのクリアな目標を掲げることができるでしょう。

そうしたことを考えながら、合宿で、新体道を社会に生かすという大目的について語る際に以下の稲森和夫氏の言葉を使うことを、呼びかけました。

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「世のため、人のため!」

われわれ人間は、世界のために役立つものでなければならない、というのが私の考えです。なぜなら、日々、地球が何千年にもわたり与えてくれたものに恩恵を受けているのですから。「世のため、人のために尽くす」ことが人間として最高の行為です。ビジネスで成功する過程でも、世のため、人のためということが、考えの基礎でなければなりません。これが私の人生の目的です。このように生きることが、私の信念であり、使命であり、人々への私のメッセージなのです。

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上記の引用は、大妙ネットワークの大目的にもぴったり一致するものではないでしょうか?

伊東不学

2016/8/7

翻訳文責:飯田

英語の原文はhttp://taimyo-e.net/ で「An inside story」として掲載されています。

大妙@サンフランシスコ-2016

Greeting from SF CA, where Nicole and I have just arrived!
Nicole has to fly back to Paris at the middle of August, but I will be in California till the end of month.
And, while in the Bay Area, I’ll lead a annual series of 5 Tuesday evening Taimyo mediation class at the Day Street Dojo, San Francisco!
This meditation class praying for “The world peace” got started right after the tragic event happened in New York on September 11, 2001, and has been held in the SF Bay Area for the last 15 years.  If you want to know more about it, please visit our site at:
The following is the quote I have chosen as the theme for this summer, so please keep it in your mind when you join me at the sessions!
『世の為、人の為!』
“In Service to Others – and the World
I believe that we humans need to be useful to the world around us, because we benefit daily from what Earth has provided for millennia. Living ‘in service to others and the world’ is the highest form of action we can take as human beings.
Even in the course of being successful in business, we have always based our thinking in service to others and the world.
This is my life purpose. Living this way is my cause, my calling, and my message to others.”
– Kazuo Inamori, founder of Kyocera and DDI (later KDDI).
Looking forward to getting together with you by going “beyond the limits of time and space!”
-Ito
2016/7/24

般若心経と瞑想

今夏の大妙瞑想ワークショップの参考として、次の文章を送れることをうれしく思います。

般若心経とその瞑想との関係についての考えをまとめた松山晋一さんの文章を読んで、全世界の新体道とライフエクササイズのトレーニングをしている人たちのために英語に翻訳してもらいました。

松山さんの文章では、荘子(孔子の教えについても批評した老子の弟子にあたる)と、彼の文書のいくつかの側面が、般若心経や瞑想と関係していることについて書いています。

松山さん、ありがとうございました。

伊東不学 2015年6月21日

追伸 西洋の伝統的な見方でこの文章を解釈しようとすれば、非常に混乱したものに見えるはずです。その理由として、1)西洋的教育では直線的な説明と、それぞれのポイントのつながりが明確であることが求められること、2)西洋文化ではその時すぐに、完全に理解することがしばしば要求されることがあげられます。しかし、今から紹介するような文章では、すぐに「理解できる」ことは期待できせん。よく咀嚼したあと、しばらくは日常的な考えの背景においておいて、そういった考え方が行動を変えて意識的に理解することが可能になるまで待つ必要があります。

→本文はこちら

メディテーション in San Francisco – 2015

みなさんこんにちは!
大妙ネットワークで今年の夏もお会いできるのを楽しみにしています。
今回は「立位十瞑想法」に焦点をあてて、特に、後半の4つのポーズ、献花位(No.5)、献身位(No.6)、献身位から望郷位への移行、望郷位(No.7)、望郷位から浄心位(No.8)の移行について、私の最近の理解と咀嚼についてシェアしたいと思います。
サンフランシスコのデイストリートの道場で行うこの6回の瞑想クラスのために行った考察を別にお知らせします。それらを使うことで、新しく有意義な方向性をみなさんの瞑想にもたらすことができればいいと思っています。
それでは。
伊東不学
(翻訳文責:飯田宗一郎)
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日程
7月28日(火)午後7時~8時30分
8月 4日(火)午後7時~8時30分
8月11日(火)午後7時~8時30分
8月18日(火)午後7時~8時30分
8月25日(火)午後7時~8時30分
9月 1日(火)午後7時~8時30分
426 Day Street、サンフランシスコ

死を見つめて-2015

最近、死に至る可能性がある重い病気と診断された新体道メンバーからの連絡を受けた。その出来事は私に、すべての人が、人生のどこかで彼と同じ状況に直面すること、そしてわれわれは普通、その準備ができていると感じてはいないことを、思いおこさせた。

そしてこれがきっかけで、私自身の健康上の困難な体験について考えた。2004年から2006年のあいだ、私が死に直面したときに経験したプロセスと、自分をとりもどした方法についてシェアしたいと思う。

その経験したプロセスについて

医学的な緊急事態は3回におよんだが、初期の段階で私はショックと恐怖を感じ、からだに障害が残るようなら自殺をしようかとも考えていた。幸運なことに、医師にはそれは不可能かもしれないと宣告されたにもかかわらず、以前のからだに戻ることができた。

その3回にわたる緊急事態は、自分が残りの人生で本当にしたいことを改めて思い出させ、そのプロセスの最後には、自分が実際に達成できることは何か整理する助けとなっていた。それ以来、この出来事によって学んだことを人生の原則として、何か選択をおこなう必要がある場合に役立てている。

と原立する

  1. 残りの人生で自分が本当になりたいものや、やりたいこと、それに、自分自身の多くの希望を入れ込んだリストを作成する
  1. そして、それらを実現することができる方法を、すべて考える
  1. 自分の希望や夢のなかから、本当に実行できるものを一つか二つ選ぶ。
  1. それらを実現するための明確な計画を作成する
  1. そうすれば、大自然/大宇宙があなたに何を期待しているか分かるだろう

私の理解では、これはサムライが死に直面せねばならないときに行っていた方法である。

死と直面することは非常に恐ろしい経験だが、心を整理し、自分の運命を明らかにする非常によい機会でもある。死と直面する経験をするまでの人生で、みなさんは多くの知恵を得てきたに違いない。それらの叡智を、目的地へ到達するための導きとして使い、今、自分が達成すべきことを知るのに役立てるべきだ。

人生の価値はその長さによってきまるのではない。それは人生での経験の豊かさによって決まるのだ。

南無阿弥陀仏 神われらとともにあり

オーム、シャローム(平安あれ)

あえいおうん

敬意をこめて

伊東不学

2015/2/28

2015年新年のご挨拶

あけましておめでとうございます。

新年にあたり、天真剣について思うところをシェアできることを、うれしく思います。

人生の哲学や、世界を変えたいという願いに関係することがたくさんあります。しかしいつも通り、技術的なことからはじめたいと思います。

天真剣の稽古と真の自分の探求

ご存じのとおり、新体道の斬り下ろしの組手には多くの種類の型がありますが、これらの型のなかでも、天真剣では、大上段斬り下ろしでたがいに相手を斬り割って中心に迫り続けることにより身心の力みを取り払い、「自我」で凝り固まった自分自身を打ち砕いて、彼我同時に「無我」に至るプロセスです。

闘争の果ての融和と、 1+1=1を学ぶプロセスと言えます。

芭蕉の俳句で、「閑かさや岩にしみいる蝉の声」というものがあります。

静寂が岩すらも満たし、そして蝉の声が・・・

ほとんどの日本人はこの俳句を読んで、うつくしい夏の日を思い浮かべます。

しかし、フランスでの私の生徒、Philippe Beauvoisはこの句にまったく違う解釈を与えました。

閑かさ=完璧なる静寂、雑音/雑念の無い世界、余分なもの/考え方を削ぎ落とした時

岩=自我に凝り固まった我

蝉の声=大自然/天真からのメッセージ

まとめると次のようになります。

「静寂はさわがしい思考を鎮め、不必要なものごとは脱落する。そして、とうとう私のエゴは沈黙した。聞こえるだろうか?宇宙が語っている。」

恵まれた場所から離れることについて

楽天会には岡田兄弟がいた。楽天会の創立メンバーであり、道守となった岡田満のことはみな知っているだろう。しかし、楽天会の主要メンバーであったその弟、岡田巌のことは知らない人も多いのではないか。

私は、新体道の使徒として日本から出発する以前の1970年代、東京で新体道の本部の運営を行っていた。新宿の小さな事務所で、巌さん(当時、彼は皆に「がんさん」と呼ばれていた)は人間関係の面で事務所の運営をたいへんに助けてくれた。
兄同様、巌さんはタクシーの運転手をやって生計をたて、仕事の空き時間、ほとんどの人は食事や休息、睡眠にあてたいと思う時間をさいて事務所にきてくれた。経理や運営といったビジネスのスキルにはあかるくなかったが、すばらしい人間関係をつくってくれた。

巌さんは本当に心がひろく、ほとんどの人が考えないことに心をくばっていた。裏社会で売春に従事させられている女性のことに関心を持ち、新体道ホールでシングルマザーが一人で子どもを生むドキュメンタリーを流したりした。熱心に活動しすぎて日本の公安警察に目をつけられたほどだった。

われわれはみな若く、ほとんどのメンバーはただ武道に夢中だった。からだを動かすのが好きで、稽古から受ける感覚が好きだったが、武道の稽古と心を真にむずびつけることはできていなかった。しかし、巌さんはすでに深いレベルでなぜ新体道を稽古するかを理解していた。

巌さんはシンガーソングライターの岡林信康の歌「私たちの望むものは!」が好きだった。

私たちの望むものは、今ある「不幸せ」ではなく、

私たちの望む者は、未だ見ぬ「幸せ」である!

いまある「不幸せ」に留まってはならない。

未だ見ぬ「幸せ」に向かっていま飛び立とう!

岡林は身体障害者のために働いており、スラム街の医師と言われてもおかしくない存在だった。しばらくして有名になるとお金のある人たちが彼のコンサートにくるようになった。すると彼は上記の歌のメッセージをひっくり返し、富や名声にとらわれることなく、ハンディキャップのある人たちの世界に入って行くようにと歌った。

巌さんは岡林の歌と同じような感覚を持っていた。楽天会ではいつもメンバーに恵まれた場所からでて、つらい時間をすごしている人たちと生きるようにうながした。当時はもちろん誰もお金を持っていなかったが、われわれは健康で稽古に熱中していた。ほとんどのメンバーは青木先生のまわりにいることを望んでいて、外の世界を救いにいこうとはしなかった。巌さんはしばしば、いら立っていたものだ。

私が米国に出発したあと、巌さんは愛知の実家に帰った。名古屋が愛知で一番の都会だが、巌さんがいたのはずっと田舎の方だった。タクシーで生計をたてながら、デイケアセンターをはじめて、精神的、肉体的に障害のある若者の世話をした。

これが35年前の話だ。彼はそれ以来人びとを助けることを続け、今は愛知でもっとも成功した養護施設の長になっている。彼はハンディキャップのある、顧みられることのない人びとを助けるという夢を体現し、人生でそれをなしとげたのだ。

現時点での天真剣の理解

端的に言って、天真剣の精神はイタリアの言葉「ベラ・チャオBella Ciao!」で表現される。これは人生への深い情熱をあらわしている。

Nathalie CardoneのThe Hasta Siempre のミュージックビデオは、周囲の人びとを力づけるという私の情熱と同じものを見事に表現している。ビデオのなかで、乳飲み子をだいてライフルを背負った母親が南アメリカの小さな村のストリートを抜け、外へ歩き出すシーンがある。彼女が希望のない、そのうちいく人かは畑で奴隷労働をしている人びとのあいだを歩きぬけると、彼らは道具をおいて彼女と一緒に歩きはじめる。

最近、私は武士道のもともとの精神について、熱心に取り組んでいる。それは武術の核心であり、私のライフワークの中心といえる。みなさんの多くが学んだ武道は武術的な技術だが、武士道はずっと奥の深いものだ。

新体道を開発するとき、青木先生は武術から魅力的な装飾をはぎとり、同時に武士道との関連も取り去った。それは日本の当時の状況、軍部が軍の文化を強化するために武道を使おうとしていたこと、がその理由だった。

そのため、青木先生は純粋に型と動きを(その文脈から切り離して)教えた。

新体道の哲学は、開くこと、取り除くこと、新たなものを見つけること、の周囲に発展した。現在、われわれには、どうやって「稽古の表面をはぎとり(脱構築して)自分自身のかたちと本質をみつければいいか」という問いが残されている。

私にとっては、武士道とは他者のために生と死のきわに立つことを意味する。より恵まれていない人びとのために立ち上がる勇気が必要である。われわれが立ち上がることで、彼らが彼ら自身のために立ち上がるだろう。それには二つのステップが必要だ。1)自分の本質を見つけ、強さとインスピレーションを得ること。2) 他人がそうすることを助けること。

新体道では、天真剣は切り下ろしの組手に変化した。この稽古でわれわれは大きな洞察を得ることができる。自分自身のエゴを手ばなし、自分自身を超えるためには激しい努力をするが、しかし、その次の段階にすすめなければ自己中心的な悟りになりかねない。最初の段階でつまづけば、上記のミュージックビデオにでていたような人を勇気づけるメッセージを見逃し、真に自由に、人と融合する機会を逃すことになるだろう。立ち上がって、ビデオの人びとのようにフェアでない状況に対して「ノー」と言うとき、その人は個人的なリスクや損失によって考えを限定されていない。勇気とともに真の自分が姿をあらわすが、それらはエゴや自我よりも大きなものなのだ。

天真剣のもともとのメッセージは、本当に弱かったり、不公平な状況にある誰かが、天(宇宙の真実)とつながるという能力であり、彼ら自身を表現し、その人生を変えるということだ。私の希望は天真剣のもともとのメッセージをもう一度武士道に注ぎ込むことである。

このためには、気持ちのよい恵まれた生活から一歩踏み出し、より恵まれない人びとに手をさしのべる(第二段階にすすむ)必要がある。問題は「どうしたら彼らが声をとりもどし、自らのために立ち上がる場所をつくれるか」だ。

岡田巌さんは、なぜ青木先生に学んでいるかについて、とてもはっきりした考えを持っており、それは社会正義の感覚を磨くためだった。新体道の価値感と稽古を自らに取り入れ、それを社会正義運動に翻訳した。我々は新体道で学んだことを世界をよりよくする活動へと翻訳する道を見つける必要がある。

武士道のもともとの精神を再発見できれることを希望している。

この2015年、新たな勇気と希望の世界をともに過ごすことを楽しみにしている。

伊東不学

2015年1月1日

P.S.

英語でのメッセージ作成を助けてくれたリー・シーマンとトミ ナガイーローテ、フランス語を助けてくれたパトリックに感謝します。

上記日本語は英語のメッセージからの翻訳です。

翻訳の内容については飯田宗一郎の責任です。

欧州新体道の10周年記念大会合宿

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欧州新体道の10周年記念大会合宿で一緒に稽古した人たちへ

皆様、お疲れさまでした。 光陰、矢のごとし! アッと言う間に2週間経ってしまいましたね!

今回、大会前の上級指導者講習会での実技指導と、本大会の最初の合同稽古の号令を担当させていただいたことはとっても光栄でした。 閉会式では、たくさんの感謝の言葉、賞賛の言葉を頂き大変恐縮しています。

でも、本当に感謝の言葉と、賞賛の言葉を受けるべきだったのはこのイヴェントのオーガナイザーと大会中にそれぞれの立場でそれぞれの役を万遍なく熟してくださった裏方の人たち、そしてフォラム形式の合宿を考案したESCのスタッフ、10年前にコヤ・ラ・フォレに集まって夢を見始めたグループでした! このことに関しては、指導者講習会、本大会を通じてワタシをアシストしてくださり、最後の合同稽古をリードしてくださった皆川先生に対しても同じ思いを持っています。

天台宗を起こした最澄さんの教えに以下のような言葉があります。
国宝とは何物ぞ
宝とは道心(どうしん)なり
道心ある人を
名づけて国宝と為す
故に古人(こじん)の言わく
径寸十枚(けいすんじゅうまい)
是(こ)れ国宝に非(あら)ず
一隅(いちぐう)を照らす
此(こ)れ則(すなわ)ち国宝なりと
新 体道ムーブメントで言えば、一日の仕事が終わった後で、自分自身の自由時間を割いて新体道のクラスを自分の住んでいる街で開催して、新体道を通じて身の回 りの人たちに「明るい身体」と「強いこころ」の造り方を指導し続けて送りいるインストタクターと彼・彼女のアシシタントの人たちこそ「ワレワレの宝」で す!

最後に昭和の始めに活躍した童話作家/宮沢賢治が遺した詩・雨にも負けずの一節を紹介させてください! (ちょっと長くなりますが、勘弁! 勘弁!)

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

不学

Greeting-evening session in 2014 winter

Dear Friends,

Greetings!

『いい人が先に逝く!』

When Japanese people speak about a person who has passed away, they say “Ii hito ga saki ni yuku!” (“The good ones go first!”)
Last year we lost 2 good friends who used to be very active in the Shintaido movement in the US & Europe:

• Christophe Bernard who actively practiced with us on the west coast of the US passed away in August.
(for more information about him, please check the SOA newsletter from last Fall at:http://www.shintaido.org/docs/bin/BD33_Sep2013.pdf)

• Caroline Raievsky, who was the coordinator of the European Shintaido College in the 2000s, passed away last month.
(Those who were at the Shintaido International in Italy in the summer of 2004 will remember her well; she was at the registration desk when you checked in.)

I am in France now. On Wednesday I fly back to SF, and I’ll stay in the Bay area for 3 weeks.
While I am there, I’ll lead 3 classes* of Taimyo meditation at the Day Street Dojo in SF.
At every class, I would like to start with the Tenshingoso Ritual, wishing Bon Voyage for Christophe & Caroline.

Please come to practice with me there, or join me by going beyond time & space!

-Ito

* a Winter series of 3 Tuesday evening class on January 21, 28 & February 4

鬆・柔、虚・空、円・満

鬆・柔、虚・空、円・満

この六文字は太極拳練習の習得目標で心身の状態作りを表したものである。

稽古を積むと、心身の状態は、鬆(リラックス)、柔(やわらか)を経て、虚・空(外からの刺激に対して内部から自然に反応する)、円・満(気がおのずと充満する)と発達する。

鬆(ソン)は放鬆(ファンソン)でリラックスすること、弛めることである。

柔(ロウ)は文字通り柔らかい動きや状態のことで、同系統の文字に軟(ルァン)・軽(チン)や静(ジン)などもある。

これら鬆柔あるいは軟・軽・静を意識し、站椿・套路・推手など全ての練習時に常に心がけ心身の状態を整えていく。

鬆•柔などの感覚とからだ作りが深まっていくにしたがって、からだの内側が虚 (シーや空(コン)の状態になってくるといわれている。

無為にして自然、作為もなく軽やかに外部からの攻撃や刺激(いわば実)に対してからだの内部からの自然の反応が始まってくる。

緩んだからだは皮膚をはじめ身体そのものが敏感なセンサーのようになって瞬時に判断し、自然な対応反応が出てくるのである。

太極拳に関連した古典は易経や医書などで、武術と医術の区別は本来ない。内丹(瞑想)の理想は嬰児の生命力の状態に帰るところにあるが、武術の理想も同じである。つまり中国武術における霊性とは、人間が本来そなえている生きる力である。

宮本知次著「中国武術の身体・気・霊性 – 伝統呉式太極拳・馬長勲の世界」より抜粋

大我-宇宙の旅

大我-宇宙の旅
伊東不学

最近、世界中で稽古することを、自分がどれほど楽しんでいるかについて、考えていました。みなさん一人ひとりから、とても多くのことを学んでいます!
今年は飛行機での移動をすこし減らしましたが、次の三つのことに助けられ、大宇宙を自由に旅しています。
(1)すわって片手で行う天真五相(折りたたみ椅子を使います)
(2)ほしぞら体操
(3)母が数年前、脳卒中でたおれる少しまえに書いた詩

四つの基本的状態である、自我、無我、真我、大我については、知っている方が多いとおもいます。このなかで大我について、多くのことを椅子にすわって片手で行う天真五相、ほしぞら体操、母の詩からまなびました。

椅子にすわっての片手での天真五相はとてもゆっくりと、もう一方の手もからだのそばでしっかり意識して、おこないます。ゆっくり、注意して、両方の側を交代でおこなうように気をつけています。椅子が重力を受けとめてくれるので、ほとんど力をいれずに動くことができます。手やからだが動いて(sweep)いくにつれて、すべての細胞が、まわりの細胞とのただしい位置におさまっていきます。そうなるには時間がかかりますから、急がないことが大切です。太極拳で学んだ、ゆっくり動くこと、十分に動くこと、そしてリラックスすることを意識して行っています。正確にできたときには、気のエネルギーが全身をめぐるのを感じることができます。下にある大地、上にある空、そしてまわりの人たちとつながります。目標がさだまり、生まれ変わり、あるべき場所に帰ったと感じます。

ほしぞら体操では、夜外にでて、空に、星々にむかってのびあがります。その時、ひとつひとつの星が上方に、自我の外、よりひろい宇宙へと引きあげてくれているように感じます。ときに、もどってくるのが難しいことがありますが、まだやるべきこと、完成していないことがありますから、もちろん、ここにもどってきます。終わったときにはいつも、前よりリラックスして、平和と、つながりを感じます。

母の詩についてですが、日本では「辞世の句」を書くという習慣があります。人生最後の詩と訳されることがありますが、人生の要約、というほうが正確だと思います。母は大我について洞察していたと、確信しています。母が数年前、とても重い脳卒中になったことはご存知の方が多いと思います。母のからだはまだこの世に、日本の病院にありますが、大我はすでに旅をしていると考えています。
母の句は次のようなものです。

死して後、始まる宇宙の旅路かな!

みなさんが、稽古で同じような理解を手にされることを祈っています。

付記:いつものように、英語での表現を助けてくれたトミ・ナガイ・ローテとリー・シーマンに感謝します。
訳注:原文は英語で作成され、http://www.taimyo-e.net/ に掲載されています(タイトル「DAIGA:Traveling the Universe」)。
翻訳についての責任は飯田にあります。